【レビュー】equipt サーディン ~軽くシンプルで使いやすく、そして高品質に。コアな自転車乗りが作った「理想の携帯工具」~

equipt sardine

「携帯工具はどれも重たく、使いにくすぎる」という不満から生まれた軽量コンパクトな携帯工具。
ライド中のちょっとした調整作業を想定し、最低限の機能に絞ることで、専用工具顔負けの使いやすさを実現している。
また、機能だけでなく、切削加工された美しいハンドルやスムーズなツールの動きといった高い質感も魅力となっている。

評価 ★★★★☆

価格 8800円(2023/10現在 本体+ホルダーセット)

本品は、全日本CXシングルスピードの賞品として頂いたものです。

長所 -Pros-

  • 作業性の良い首振り機構
  • すぐに取り出せる専用ホルダー
  • ずっと触っていたくなる高い質感

短所 -Cons-

  • 高トルク作業に対応できない
  • T25トルクスは重要度が低い
  • ビットの精度が低い

「使いやすい携帯工具」を開発

自転車関連の輸入代理店 オルタナティブバイシクルズの代表である北澤氏は、嗅覚に優れた人物だ。いつもどこからか、ユニークで実用的なアイテムを探してくる。
ナローワイドチェーンリングの代名詞 ウルフトゥースや、バイクパッキング用バッグの定番 アピデュラをいち早く日本に持ち込んだといえば、そのセンスのほどが伺えると思う。

そんな北澤氏が感じていたのは、携帯工具に対する不満。

「自転車用の携帯工具は長年、同じ形で進化がありませんでした。箱型で回しにくく、嵩張り、重い。」

氏はコアなマウンテンバイカーで、トレイルやゲレンデに入り浸っている。
日常的にバイクに乗り、そして世界中の自転車アイテムを見ている人物が、3年半の試行錯誤の末に作り出した理想の携帯工具

それがオリジナルブランド「equipt(イクイプト)」の第一号「sardine(サーディン)」だ。

[equipt]
必要であるもの、役に立つもの、あるいは適切なものが、提供される、または用意される ——- 世界中から面白くて使える自転車アイテムを探して日本に輸入してきたオルタナティブバイシクルズが「まだ無いものがある」「じゃあ自分たちで作ろう」と起こしたブランド。 自転車、旅、アウトドアをテーマに本当に必要で面白い、使えるギアをリリースしていきます。

equipt | Altanarive Bicycles
「イワシ缶」をイメージしたパッケージ

サーディンのコンセプト

スイスアーミーナイフというツールがある。
ナイフをはじめ、缶切り、コルク抜き、ドライバーにはさみ…といった工具が一体化したこのマルチツール。その元祖と言えるのが、今でもスイス陸軍に供給している「ビクトリノックス」だ。

カタログを開くと、フィールドに合わせた様々な製品が並んでいる。日常のちょっとした軽作業に使うキーチェーンタイプのものから、キャンプ向けの頑丈な製品、中にはパソコンの組み立て・修理向けなんてものまで。
そして、通常ラインナップ中で最も多機能なのが「スイスチャンプXLT」だ。究極のマルチツールを標榜するこの製品にはあらゆる工具が内蔵され、49もの機能を有している。

しかし、この工具はあらゆる用途で活躍する万能ツールかというと、むしろ逆だ。あらゆる用途で使いにくい。
重量246gとヘビー級で持ち運びは辛いし、軍艦巻きのような分厚い本体は握りにくい。

登山家やキャンパーが好むのは、最低限のツールを組み合わせた軽量なスイスアーミーナイフだ。

※日本のカタログには存在しない(2023年10月現在)が、スイスチャンプXXLT(73機能 353g)なんていうバケモノも存在する。もっとも、使い物にならないのはビクトリノックスも承知。これは一種のコレクションアイテムだ。

サーディンのコンセプトもここにある。

「従来の携帯工具は重く使いにくい」という不満が原点となって開発されたサーディンは、本当に必要な機能だけに絞り込むことで、わずか38gの重量を実現した。
軽いだけではない。このシンプルなスティック状の工具には、ライド中の「ちょっとした調整」に使いやすい工夫が盛り込まれている。

また、北澤氏はサーディンを単なる工具ではなく「携帯工具のクリスキング」にしたいという思いを込めた。切削仕上げやアルマイトの色はもちろん、ビットが動くスムーズさにまで拘っている

5機能 全長91mm 重量38g

サーディンは「いざというときのお守り」ではなく、「ライド中に使いやすい携帯工具」だ。
使用頻度の少ないツールは潔く切り捨て、全長91mmのアルミハンドルに収めた機能は次の5つ。

サーディンのツールビット

  • 3mm六角
  • 4mm六角
  • 5mm六角
  • 6mm六角
  • T25トルクス

しかも、「3mm六角とT25トルクス」、「4mm六角と5mm六角」は双頭ビットとして一体化しているので、ビットの個数はたった3つ。
単独の6mm六角はハンドル中央にぽっかり空いた肉抜き部に埋め込まれている。

コンパクトなスティック状ツールの全長はツール込みで112mm、重量はわずか38g。合理的なパッケージングの賜物といえる。

ツールを5種類に絞り込んだ

ただ、5種のツールのうち、T25トルクスを組み込んだことに対しては評価が分かれると思う。マウンテンバイカーである北澤氏はトルクスを使う機会が多いのだろうが、ロード系、特にシマノコンポのバイクに乗っているとほとんど出番がない
個人的な意見になるが、トルクスの代わりにプラスドライバーあるいは2.5mm六角だったらベストだった。トルクスビットは痛みやすいので、頻繁に使う場合は別に持っておきたい…というのも理由だ。

工具としての使い勝手

ライド中、ハンドルやサドルの位置を微調整したい、ボトルケージのネジを増し締めしたい。サーディンはそんなシチュエーションで「サッと取り出してパッと使える」ことに主眼が置かれている。

サーディンの使い勝手を引き立てるのが専用ホルダー。当初は別売だったが、第二次生産分からは本体とのセットになった。
ボトルケージ台座に固定する方式で、フレームの太さに応じて2種類の取り付け位置を選択できる。

専用の収納ホルダー

固定力は抜群で、ロードはもちろん、MTBでダウンヒルしてもまず外れない。
ただし、しっかり固定させるにはホルダーの出っ張りとサーディンの溝を合わせる必要がある。ここがズレていると「半ドア」状態になるので注意。

工具の溝とホルダーの出っ張りを合わせる

取り出してからの作業性も良好だ。サーディンのビットは回転式のため、ビット差し替え式の製品のように目的のビットに差し替える手間はいらないし、誤って落とすこともない

両端のビットはハンドルに対して90度の向きにするとしっかりトルクを掛けられるし、ハンドルと一直線になる向きでは早回しもできる。丸まったハンドルは手の当たりがよく握りやすい。

作業性に優れる首振り機構

また、これはちょっとした裏技だが、ボルトと反対型のビットを90度回転させると、Tレンチ的な使い方ができる。もちろん大きなトルクは掛けられないが、緩み止めが塗布されたネジを回すときには有効だ。

ハンドル中央に埋め込まれた6mmビットは、展開するとTレンチになる。握り込んでトルクを掛けやすいため、ディスクロードに使われているスルーアクスルを脱着する際に使いやすい。
もともとは「工具をあと1本」押し込むための工夫だが、力が入りやすく、取付部の剛性も高いこの場所に6mmを配置するセンスは秀逸だ。

トルクを掛けやすいTレンチ形状

一方で、軽さと使いやすさのために割り切った「できないこと」もある。

まずはトルク。軽量なアルミハンドルとビット回転機構を備えたサーディンは高トルク作業に向かない。力を掛けていくと、ビットを挟み込んでいる部分がトルクに負けて広がってきてしまう。
ハンドルやサドル周りの作業では問題にならないが、スルーアクスルの六角穴が5mmの場合は少し荷が重い。

使用トルクの目安を問い合わせたところ、両端の双頭ビットは5Nm程度、ハンドル中央の6mmビットは8Nmくらいで使ってほしい、とのことだ。

また、奥まった位置にあるボルトも回せない。
筆頭はSTIレバーの取り付けボルト。転倒時に曲げることが多いのだが…
また、シートピラーのヤグラ形状によっては、サドルのクランプボルトにも届かない。

ヤグラの形状によっては使えない

キャリパー位置調整は頻度の高い作業だが、フラットマウントブレーキキャリパーの固定ボルトにもギリギリ届かず、もどかしい。

あと少しだが、届かない

モノとしての質感

サーディンの特徴は、軽さと機能性だけではない。
目指したのは「携帯工具界のクリスキング」見た目の美しさや手に触れた質感も追求されている。

アルミ合金のハンドルは丁寧に切削加工されている。
均一なツールマークにビシッと立ったエッジ。しかしバリの類は一切無い。加工クオリティは、機械加工のプロの目から見てもパーフェクトだ。

ただ、角が手に食い込んで痛い事があるので、その点はフィードバックした

切削クオリティは高い

大胆な肉抜き加工を含め、ハンドルの加工にはいくつもの工程を要する。
旋盤で外形を削り出した後、マシニングセンタで3面から加工…あるいはNC旋盤ベースの複合加工機だろうか。とにかく、かなりのコストが掛かっていることが推測できる。

仕上げに施されるのは、カラーアルマイト加工。深いブルーはチタンフレームに映える。

金属フレームに似合う ボトルケージもチタン

なお最近(2023/10)発売された第二次生産分は、パープルとグリーンの2色展開となった。こちらも、90年代のMTBシーンを思い起こさせる美しい色合いとなっている。

ビットの回転にも拘りが詰め込まれている

大抵の携帯工具は、回転軸の締め付けトルクでツール開閉時のフリクションを作り出している。
なので、開閉が硬すぎたり、あるいは使用に伴って緩んできて、ガタガタになったりする。

サーディンのビットは違う。勝手に回らないが、力を加えればスムーズに動く。
この一定で適度なフリクションを実現するため、各ツールにはウエーブワッシャーを仕込んで与圧するという凝った構造を採用している。

工場で生産されたものはバラつきがあるため、国内で全数検査し、必要あらば調整したうえで出荷しているという。

ウェーブワッシャーでフリクションを発生させる

適切なメンテナンスを行えば長い期間使えることも「良い製品」の条件だ。

全てのパーツは分解可能で、ウェーブワッシャーを曲げ直してフリクションを調整することも可能だ。
また、ビットが摩耗・破損した際はパーツ単位で取り寄せることもできる。(1200円程度とのこと)

完全分解が可能

なお分解時は、緩み防止のため組ネジにネジロックを塗布しておくことが推奨されている。

余談だがこの組ネジ、ハンドルからフローティングしているせいで、専用ホルダーに装着したサーディンがカチャカチャ鳴る。結構気になるので対策してほしい点だ…

デスクに転がしておくと無意識に触ってしまう、サーディンはそういう類のツールだ。現に今も、この文章を書きながらビットをくるくる回転させている。

クリスキングになるために

サーディンをしばらく使っていて、ひとつだけ気になった点がある。それはツールビットだ。

T25を除く、3mmから6mmの六角ビットについて、二面幅をマイクロメーターで測ったところ以下のようになった。

ビット寸法二面幅1※二面幅2二面幅3JIS規格※※JIS規格適合
3mm3.0152.9952.9802.96-3.00mm×
4mm4.0304.0204.0003.95-4.00mm×
5mm5.0254.9905.0104.95-5.00mm×
6mm5.9705.9706.0005.95-6.00mm
サーディン 各ツールビットの寸法

※ 鍛造型の開閉方向の面間距離を二面幅1とした
※※ JIS B4648(2008)「六角棒スパナ」より、六角頭の二面幅を抜粋

6mmを除く3,4,5mmは、二面幅寸法がJIS規格の範囲に収まっていない
また、対面によっておよそ0.03mmほど寸法がバラついている。すなわち、各ビットは正六角形ではなく、いびつな形状をしているというわけだ。

マイクロメーターでビット寸法を測定

型鍛造で製作されるビットの精度はこんなものだろう。
台湾工場での強度試験もパスしているそうだし、携帯工具としては十分なクオリティだ。少なくとも、サーディンが想定するトルク域で問題になることはないはずだ。

鍛造ビット

だが、六角レンチというシンプルな工具にとって、その良し悪しを決めるのは六角部。ここの品質は命といえる。材料選定から熱処理、加工寸法、表面処理に至るまで、工具メーカー各社は心血を注いでいる。
二面幅寸法ひとつをとっても、エイトやコーケン、PB SWISS、WERAといったブランドの製品は、バラつきが0.005mm以下に収まっている。
ボルトの六角穴に吸い付くようにフィットし、高トルクのかかる部位、あるいはアルミやチタンといった非鉄ボルトに対しても安心して使うことができる。

PB SWISS バイクツール

クリスキングが高く評価されるのは、アルマイトが綺麗だからではない。クリスキングを傑作たらしめているのは、滑らかに回転し、かつ高い耐久性を備えたベアリングだ。

サーディンの構造でビットの精度を改善するには、工具先端を切削加工で作るしかない。
工具メーカーKTCがかつて販売していた携帯工具のビットは、そういう構造になっていた。

3つのビットそれぞれに鍛造用の金型が必要なのに、これに切削工程を加えるとなると、コストは大幅に膨れ上がる。しかも工具はノウハウの塊。作れる工場も限られるだろう。

現実的な視点では、オリジナル企画の携帯工具でそこまで追求するのは労力の面でもコストの面でも、全く割に合わない。

しかし、「携帯工具のクリスキング」を目指すなら、工具メーカーに並ぶクオリティを備えて然るべきだ。

ハンドルの造り込みに対して、肝心のツールの品質が全く追いついていない。
サーディンのコンセプトに魅力を感じているだけに、ここはとても残念なポイントだ。

まとめ:刺さる人には刺さる

サーディンはきわめて尖ったプロダクトだ。

ツールビットはたった5種類しかないし、奥まったボルトには届かない。高トルクも掛けられない。
おまけに、価格は8800円もする(2023/10 専用ホルダー込み)。

しかし、ミニマルゆえ手に入れた使いやすさは携帯工具の範疇を超えている。
使える状況は限られるが、ハマるシチュエーションではL字の六角レンチよりずっと作業性が良い。

そんなサーディンだが、不便なのか便利なのか、安いのか高いのか、品質が良いのか悪いのか…どう評価するか、半年くらい悩んでいた。
しかしある時気づいた。これはある種、同人グッズと言えるものなのだ。

これは、市場で売れそうだから作りました、という製品ではない。
「軽く使いやすい、理想の携帯工具を作りたい」という強い思いが、3年半という時間と労力の末に実った成果だ。

価格にしたって、確かに携帯工具としては高価だが、製品のクオリティ相応だ。
切削仕上げのハンドル、オリジナルの鍛造ビット、そして組立工程。
ぼったくっているどころか、逆に利益があるのか心配になるくらい。

厳しい意見も書いたが、こういう工具を考案して、思いをカタチにしたことには大きな意味がある。

たとえ欠点があっても、一本芯が通ったプロダクトを使うのは気持ちがいい。
このコンセプトに共感し、製品に魅力を感じるなら、この高級イワシを手に取ってみてほしい。