もしリムブレーキロードバイクが進化を続けていたら

Twitter(現X)で、リムブレーキVSディスクブレーキの議論が白熱している。
自転車雑誌の特集で、自転車通勤、ヒルクライム、ロングライドを繰り返し取り上げられるのと同様、定期的に盛り上がる話題なので、「またやってるよ」という感じなのだが、今回はなかなか鎮火しない。

リム派、ディスク派、それぞれの言い分は概ねこんな感じだ。(偏見あり)

リムブレーキ派

リムブレーキは軽量で、ロードバイクらしい軽快な走りを安価に実現できる。シンプルでメンテナンスも行いやすい。
重たいディスクロードを速く快適に走らせるには電動シフトやカーボンホイールの導入が必須で、車体価格が高額になる。
強引にディスクブレーキ化を進めたのは利益を追求する業界の陰謀である。

ディスクブレーキ派

制動力が安定しているディスクブレーキはコントロールしやすく、初心者からトッププロまで安全に走れる。
ディスク化に伴ってタイヤとホイールもワイド化し、より高いグリップと優れた乗り心地、空力を両立した。ディスクロードは、ロードバイクという乗り物が正しく進化した結果だ。

ちなみに私は、MTBで2009年から、シクロクロスでは2012年からディスクブレーキを使用。2021年にはグラベルロードのグレイルを購入した。
しかしディスクロード導入は遅く、昨年(2023年)購入したCannondale SuperSix EVOが初めてだ。
ロードバイクのディスク化に抵抗があったというより、ディスクブレーキが必要なシチュエーションではシクロクロスなりグラベルロードに乗るので、必要が無かったというわけ。
要するに「状況に応じてバイクを選択しろ」というスタンスだ。

…まぁ、そんなことを言っているから際限なく自転車が増えていくんだけど。

ロードレースはディスクブレーキに移行完了

ただ、実際のところ、ロードバイクにおけるリムブレーキ vs ディスクブレーキ対決の決着はすでについている

ロードレース競技において、2015年からディスクブレーキのトライアルが行われ、レースシーンでの有効性や安全性が検証されてきた。 そして、UCIが正式にディスクブレーキを承認した2018年以降、本格的にディスク化が進んだ。

参考:ツール・ド・フランスのブレーキシステム統計(東京~大阪キャノンボール研究)

その後、2021年のツールではピナレロに乗るイネオス以外の全チームがディスクロードを使用。2024年現在となった今は、ブレーキシステムの移行がすでに完了したといって良い。

市販のロードバイクもエントリーグレードを除くほぼ全車種がディスクブレーキ。一般サイクリストが新車で買う場合、ディスクロード以外の選択肢は実質的に無い状況だ。
コンポーネントもディスク中心で、例えばシマノの12sだとデュラエースとアルテグラのDi2にリムブレーキ仕様があるだけで、105は機械式・Di2ともに油圧ディスクブレーキのみの展開となっている。

ディスクブレーキ化によって、安価で軽量なバイクの選択肢が失われた。そして今後、リムブレーキ用のフレームやコンポーネントの新規投入は期待できない。おそらく、リムブレーキ派が最も抵抗を感じている点はここだろう。

リムブレーキのロードバイクが進化を続けていたら

では、ロードレースでディスクブレーキが認められず、リムブレーキのロードバイクが進化を続けていたら、どうなっていただろうか。技術トレンドを踏まえつつ想像してみたい。

ロードバイクのエアロ化は確定していた

15年ほど昔を振り返ってみる。2010年前後は、フレームやホイールの軽量化が行くところまで行って、6.8kgのUCI規制の壁にぶち当たり、空力が注目されるようになってきた。 空力を重視し、フレームのチュービングを薄くする工夫はスチールフレームの時代からあったが、「エアロロード」というジャンルを作ったのは、トライアスロンにルーツを持つFELT AR(2008)だろう。その後、SCOTT FOIL(2011)を筆頭に、ロードバイクとしての運動性能と空力を両立させたバイクが次々登場してくる。

したがって、ブレーキシステムにかかわらず、ロードバイクのエアロ化は進んでいただろう

実際、2015年に発売されたTREK MADONE(2015)とSPECIALIZED VENGI ViAS(2015)は、現在のエアロロードの要素をほとんど備えていた。 この2台はワイヤー類を完全内装し、空力を考慮した専用設計のブレーキを装備。「バイク全体」での空気抵抗を下げる、1世代進んだ考え方のバイクだった。

Madone Race Shop Limited

MADONEに至っては、ハンドルを切るとフロントブレーキワイヤーを隠すカウルがパカパカ動く構造で、悪い冗談だと思って大笑いした記憶がある。ただ、このバイクを改めて見ると、ワイヤーフル内装、ステム一体型エアロハンドルとバイク前面のフラッシュサーフェス化、さらにはコンプライアンス確保のためのIsoSpeed機構搭載と、2024年現在でも通用することがわかる。

可動式のベクターウイング

もしもリムブレーキのままロードバイクが進化し続けていたら、こんなバイクが各社から発売されていたに違いない。

専用ブレーキと劣悪な整備性

リムブレーキの位置と形状にはメーカーの個性が出るだろう。ハンドル、ヘッドチューブ、フォークといった、風が最初にぶち当たる場所は空気抵抗への影響が大きいため、フロントブレーキはおそらくフレーム専用設計となるはずだ。
リヤブレーキは取り付け位置の自由度が高く、チェーンステー裏、シートステー、あるいはVENGE ViASのようなシートチューブ沿いの配置など、いくつか選択肢が思い浮かぶ。こちらもまぁ、エアロを追求するなら専用設計だろう。

2016 S-Works Venge ViAS Di2

ただ、ブレーキは自転車をコントロールするうえで需要なパーツだ。空力偏重の極端な設計をすると、制動力が低かったり、調整が狂いやすかったりと、使いにくいものになるだろう。

また、ハンドルやステアリングコラム周辺もフル内装されるブレーキワイヤーは無理なカーブで曲げられて、大きな抵抗を生むはずだ。リヤブレーキのタッチにはおそらく期待できない。

Venge ViAS メンテナンスマニュアル PDF

さらに、メンテナンスも問題だ。屈曲を繰り返すステアリングコラム周辺はアウターの痛みも相応に激しいはず。フレーム内からアウターワイヤーを引きずり出して、また交換して…整備のことを考えるだけで憂鬱になってくる。

このように、ワイヤーと内装は相性が悪い。ハイエンド帯のロードバイクでは、マグラRT8やSRAM REDのような、油圧リムブレーキが採用されるのではないだろうか。すると、パーツのコスト的には結局ディスクブレーキと変わらない…いや専用設計となるともっと高価になりうる。
言うまでもないが、変速は電動シフトが前提になるだろう。

SRAMの油圧リムブレーキ

ややナローなタイヤとリム幅

ディスクロードのタイヤ幅はどんどん広がり、グランツールでも当たり前に30cのチューブレスタイヤが使用されている。これは、ディスクブレーキ化で硬くなったフレームに、十分な振動吸収性と、剛性や制動力に見合ったグリップを与えるためだ。

しかし、フォークエンドとリヤトライアングルを柔軟に作れるリムブレーキはタイヤに乗り心地を求めなくても良い。また、ブレーキシステムの都合で寸法上の制約もあるため、タイヤやリムのワイド化はディスクブレーキほど急激に進行せず、今でも25~28cで、チューブラータイヤも一定数生き残るのではないかと想像する。

コスト面ではリムブレーキはむしろ不利

エアロロードにはCFDと風洞実験は不可欠。加えて、専用パーツの開発コストも当然乗ってくるだろう。
第5世代MADONEの最上位モデル RSL H1(9070デュラエースDi2組)の価格は2015年の発表時で165万円、S-WORKS VENGE ViAS Di2(9070デュラエースDi2組)は134万円。物価や為替レート変動を考慮すると、現在のハイエンドバイクと大差ない価格になるだろう。

イマドキのハイエンドバイクはディスクブレーキだから高いのではなく、開発費が嵩むから高いのだ。

さらに、維持コストという点では、リムブレーキはディスクブレーキよりハッキリ不利と言い切れる。

エアロなトレンドで高くなったのはフレームだけではない。ホイールの価格もどんどん上昇している。
2024年モデルのCampagnolo BORA ULTRA WTOは667700円。
このホイールはディスクブレーキ版しかラインナップされないが、仮にリムブレーキの場合、ブレーキレバーを引くたびコイツがすり減っていくことになる。

ミドルレンジ以下の状況

ここまではハイエンド帯のバイクに触れてきたが、こんな高級車を買うのはシリアスレーサーか金持ちか、いずれにせよごく一部の層だ。
では、大多数のサイクリストにとっての選択肢となる、ミドルレンジ以下の状況はどうなるだろう。

ミドルレンジのバイクは、トップモデルと同じ形状でカーボンの繊維のグレードを下げたものが多い。
エアロロードの開発には莫大な費用がかかるし、カーボンフレームを成形する金型も高価だが、複数グレードで共用することで1台あたりのコストを抑えられるというわけだ。
例えば2023年発売のCannondale SuperSix EVOには3種類のグレードがあるが、フレーム価格85万円のLAB71も、62万円のHi-MODも、完成車で40万円(機械式105)のスタンダードMODも、全く同じ形状をしている。

スタンダードMODのフレーム価格を推定すると25万円前後だろうか。おそらく、開発費と金型代は、LAB71やHi-MODユーザーが多めに支払っているはずだ。 Cannondale

ハイエンドと同じ形、同じ空力性能のバイクにリーズナブルな価格で乗れる。それは良いことだが、先に挙げたデメリットもすべて背負うことになる。

結局、上位モデルほどエアロ化が進んでコスト増加&整備性悪化、整備しやすく低コストなバイクはエントリーモデルのみ、という状況になると思う。

ブレーキシステムに関わらずバイクは高価格化する

トレンドを踏まえつつ、リムブレーキロードが進化し続けていたらどうなったか想像してみたが、ブレーキ形式が違う他は、現在のディスクロードとほとんど同じ状況になるという結論に至った。

結局、ディスクブレーキはロードバイクが高くなった要素のひとつでしか無い。
物価や為替の影響を除くと、コスト増はほぼエアロのせいだ。

ハイエンド帯だけの話でしょ?と無視するわけにもいかない。金型を共用する都合上、ミドルレンジ以下のラインナップにもその影響は及ぶ。
ロードバイクが進化する以上、進歩しただけのコストが乗っかってくるのは避けられないのだ。

ただし、車体価格が20~30万円のエントリーグレードではリムブレーキとディスクブレーキのコスト差が効く。結果的にロードバイクが「手軽に始めづらい趣味」になってしまった点はハッキリ問題だと思う。