チェーンのたすき掛けとチェーンリングの大きさが駆動抵抗に与える影響

自転車のペダルを踏み込むとき、後輪はチェーンを介して駆動される。
このとき、摩擦により抵抗が生まれるが、その抵抗は使用するチェーンリング・スプロケットの組み合わせによって一定ではない。

アウターロー・インナートップなど「チェーンのたすき掛けは抵抗が大きい」というのはなんとなく実感があるし、「チェーンリングが大きいほど抵抗が少ない」といって、グランツールのタイムトライアルでは56T以上のチェーンリングが使われることも珍しくない。
これらの言説について、セラミックスピードの実験レポートを参考にしつつ検証した。

チェーン駆動:95%を上回る駆動効率

人力という限られたパワーソースで走る自転車。そのパワーの大部分は空気抵抗に費やされる。
その割合は、時速30km/hで80%、45km/hでは90%に及ぶ。
そのため、現代のレース用ロードバイクはほぼ例外なく、空力性能を意識して造られている。

一方で、チェーン駆動の効率は95%以上と言われている。
つまり、例えば300Wでペダリングするとき、チェーンで消費されるのは15Wほど。残りの285Wは後輪が地面を蹴り出すのに使われる。

ちなみに、産業機械や自動車などで使用される歯車(ギヤ)の効率は98~99%ほど。
ただし、クランクと後輪のように、離れた距離に動力を伝達するには複数の歯車を組み合わせる必要がある。
ギヤ駆動の自転車はあるが、あれはプロペラシャフトで2組のギヤを繋いでいるため、2乗して96~98%程度の効率になる。ただし重量がかさむ。

シティサイクルに使用される内装変速機も内部にギヤが多数入っている。
ブロンプトンの内装3速モデルに搭載されるスターメーアーチャーの3段変速機の場合、
内部にはサンギヤ1つ、リングギヤ1つ、プラネタリーギヤ4つからなる遊星歯車機構が組み合わされている。
また、逆転防止のラチェットも多数あり、大きな抵抗を生む。

重く抵抗も大きい内装変速機

駆動効率、そして重量という2点を考えたとき、レース用自転車の駆動系は必然的にチェーンと外装変速機になる。

話がそれたが、そもそもチェーン駆動と外装変速機の組み合わせは効率が高いため、改善できる余地は少ないということが言いたかった。
先程の例だと、仮に摩擦をゼロにできたとしても、たった15Wの改善。伸びしろは僅かしかない。

ただ、少しでもロスを減らすために潤滑性の高いオイルを何種類も試すサイクリストは珍しくないし、摩擦低減処理が施されたチェーンも販売されている。
トレーニングを積んでレースに臨むとき、最後の1W、2Wを機材で稼ぐのは意味のあることと思う。

湾岸ミッドナイトでも言っていた。

1%か2%か―――600馬力のクルマにとってそれはわずかなコトかもしれない だがそれをわずかと笑える者は チューニングを語る資格はナイ

例えばチェーンに酸化チタン粒子をコーティングするチタンの鎧は、実際に検証したところ、320Wでペダリング時に1W程度の改善が見られた。

だが、高価なオイルやコーティングを使わなくとも、もっと違うアプローチで駆動効率を高める方法がある。

チェーンのたすき掛けとチェーンリングサイズ

セラミックスピードのレポート

セラミックスピードが2015年7月に発表したレポート

「Effects of Lateral Chain Misalignment(Cross-Chainring) on Drivetrain Efficiency & Effects of Chainring Size on Drivetrain Efficiency」(PDF)
(駆動効率におけるチェーンたすき掛けの影響およびチェーンリングサイズの影響)

では、

  • チェーンのたすき掛け
  • チェーンリングのサイズ

が駆動効率に及ぼす影響を検証している。

レポートの内容を以下に要約する。

「駆動効率におけるチェーンたすき掛けの影響およびチェーンリングサイズの影響」

背景

チェーンのたすき掛けは摩擦抵抗を生むとされ、その抵抗はたすき掛けの角度が増すほど大きくなると言われている。
また、ギヤ比が同じであれば、小さいチェーンリングよりも大きいチェーンリングのほうが効率的という仮説もある。

外装変速機を使用したバイクでは、チェーン駆動の損失は、たすき掛けとチェーンリングサイズの両方に影響される。
つまり、駆動効率を高めるという観点では、インナーローからアウタートップへと変速していく過程で、アウターギヤ・インナーギヤを切り替える最適な位置があると考えられる。

このテストでは、2x11sドライブトレインの22通りの組み合わせの摩擦損失を分析するとともに、チェーンリングのサイズによる影響も分析する。

実験の概要

実験では試験機を使用し、シマノ 9000デュラエースの53-39Tチェーンリングと11-28Tカセット(11-12-13-14-15-17-19-21-23-25-28)を使用し、ケイデンス95rpm、パワー250Wでクランクを駆動した。
各ギヤの組み合わせについて、9000デュラエースチェーンとSRAM REDチェーンの2種類でテストし、平均値を測定値とした。

実験1:チェーンたすき掛けが駆動効率に与える影響

チェーンたすき掛けが駆動効率に与える影響を調べた。
2x11sのドライブトレインをロードバイクに取り付けたときの位置関係を試験機で再現し、22通りのギヤの組み合わせについて駆動抵抗を測定した。
選択するギヤに応じてチェーンはたすき掛けとなり、横方向によじれる。
ただし、53x14T39x17Tのときは、チェーンラインが真っ直ぐになる。

実験2:チェーンリングサイズが駆動効率に与える影響

チェーンリングとスプロケットのサイズが駆動効率に与える影響を調べた。
22通りのギヤの駆動抵抗を測定する点は実験1と同じだが、すべての組み合わせについて、チェーンラインが真っ直ぐになるようにギヤの位置関係を調整たうえでテストした。
このようにすることで、たすき掛けの影響を取り除き、チェーンリングやスプロケットのサイズが駆動効率におよぼす影響だけを調べることができる。

実験1の結果と考察

横軸をギヤ比、縦軸を摩擦抵抗とし、結果をまとめたグラフを以下に示す。

アウター53T、インナー39Tともに、チェーンリングが真っ直ぐになるとき(53x14T39x17T)が最も摩擦抵抗が少ない。
たすき掛けの度合いが増すのに従って摩擦も増えるが、ロー側に変速したときよりも、トップ側に変速したときの摩擦増加が大きい

チェーンたすき掛けと摩擦抵抗

アウターとインナーでギヤ比がオーバーラップしている部分では、グラフの上方にある組み合わせ(赤丸)は摩擦が大きく、使うべきではない。
最も極端な例として、53x15Tでは摩擦損失が約7Wだが、ほぼ同じギヤ比の39x11Tでは損失が10W近くに達する。つまり、ギヤの選び方で3Wもの差が生まれるということ。

この赤丸のV字領域を避けて、アウターとインナー、2本の折れ線が交わる部分がフロント変速を行うことで、より効率的なギヤを使い続けることができる

インナーローから順番にシフトアップしていく際は、

39×28→25→23→21→19→17と変速し、次にフロントとリヤを同時に変速して53-21Tに。以降はアウターギヤを使うと良い。

実験2の結果と考察

実験1と同様、横軸をギヤ比、縦軸を摩擦抵抗とし、結果をまとめたグラフを以下に示す。

チェーン・スプロケットの大きさと摩擦抵抗

実験2ではチェーンたすき掛けの影響を排除してあるため、チェーンリングとスプロケットの歯数の組み合わせによる摩擦抵抗を表している。

グラフでは、39Tのラインより53Tのラインのほうが低い、すなわち「同じ最終ギア比、出力、ケイデンスであれば、大きいリングの方が小さいリングよりも効率が良い」ことがわかる。

その理由を考察すると、以下のようになる。

チェーンは多数の関節が組み合わさった構造になっているが、この関節が曲がるときに摩擦抵抗が生まれる。

チェーンリングを大きくすることで、同じトルクでペダルを踏んだ場合でも①チェーンの張力が低下する。
また、②ギヤ1歯あたりの屈曲角度も小さくなる
一方、チェーンリングの歯数が増えたことで、同じケイデンスであっても単位時間あたりに③チェーンが屈曲する回数は増える

①、②は摩擦抵抗の低減に寄与する。一方、③は抵抗を増やす要素だが、①②③を合計すると、全体としては摩擦抵抗が減少する

リヤスプロケットについても同様の理屈が成り立つため、小さなスプロケットよりも大きなスプロケットのほうが摩擦抵抗が少ない
そのため、同じチェーンリングでギヤを重く=小さいカセットに変速していった場合、グラフのような右肩上がりの直線を描く。

一言でいうと、チェーンリングも、スプロケットも、どちらも大きいほうが駆動効率は高くなる。ということ。

なお、今回はチェーン上側(駆動側)について考察したが、チェーン下側(ディレイラー側)でも摩擦抵抗は生まれる。
ただし、ペダリングで駆動される上側チェーンの張力に対して、ディレイラーのテンションスプリングによって張られる下側チェーンの張力はずっと小さい。
250W 95rpmのとき、上下のチェーン張力比は約25倍あり、ディレイラーのテンションスプリングがドライブトレインに与える影響は小さいと考えられる。

まとめ

実験1と実験2の結果を一緒にプロットすると以下のグラフになる。
チェーンラインが揃う53x14T39x17Tでは、実験1、実験2のグラフが重なっている。

実験1のV字カーブは、たすき掛け+ギヤ歯数の影響が、
実験2の直線は、ギヤ歯数の影響のみが反映されている。

実験1、2から

  • チェーンラインがずれ、たすき掛けになると、ずれ量に応じて摩擦抵抗が増える
  • チェーンリング・スプロケットの歯数はどちらも大きいほうが抵抗が少ない

ということがわかった。

今回の実験結果より、任意のチェーンリング・スプロケットの組み合わせで、その摩擦抵抗を

  • たすき掛けのずれ量
  • チェーンリングとスプロケットの歯数

から予測することがわかった。

これは、特定のコースにあわせて最も効率的なチェーンリングとカセットを選択するのに役立つ。
例えばタイムトライアルのように、レース中の大半の時間を限られた速度で走るような場合には特に有効で、

  • 常用するギヤが、アウターギヤとチェーンラインが揃うトップから4~6枚目付近に集まるようにすること
  • できるだけ大きなチェーンリングを使用すること

で、駆動効率を最大限に高めることができる。

これは、タイムトライアル競技で56Tや58Tといったビッグチェーンリングが使用される理由でもある。

チェーンリングサイズの影響を計算

チェーンリングが大きいほうが駆動抵抗が少ないという認識は持っていたが、セラミックスピードの実験2で示されたことで腑に落ちた。

チェーンリングを大きくすることで、同じトルクでペダルを踏んだ場合でも①チェーンの張力が低下する。
また、②ギヤ1歯あたりの屈曲角度も小さくなる
一方、チェーンリングの歯数が増えたことで、同じケイデンスであっても単位時間あたりに③チェーンが屈曲する回数は増える

①、②は摩擦抵抗の低減に寄与する。一方、③は抵抗を増やす要素だが、①②③を合計すると、全体としては摩擦抵抗が減少する

そこで、かなり大雑把にだが、チェーン駆動の摩擦損失を計算してみた。

一定トルクT、角速度ωでペダリングすると仮定し、

①チェーンの張力
②ギヤ1歯あたりの屈曲角度
③単位時間あたりのチェーン速度

から摩擦損失を求める。

チェーンリングの有効半径が歯数に比例する、と仮定すると、

摩擦損失: KμP(1/N1+1/N2)=KμP(1+k)/N1

K:定数
μ:チェーンリンクの摩擦係数
P:ペダリングパワー
k:ギヤ比(チェーンリング÷スプロケット)
N1:チェーンリング歯数
N2:スプロケット歯数

で表され、

  • チェーンリング・スプロケットともに大きいほうが抵抗が少ない
  • 同じギヤ比ならチェーンリングが大きいほうが抵抗が少ない
  • パワーが同じなら、ケイデンスによる影響は無い

ということが示された。

駆動効率の観点からは、チェーンリングは大きいほうが望ましい。

また、チェーンリングが小さくなると漕ぎ味がスムーズでなくなる
チェーンは多関節のため、チェーンリングやスプロケットとの位置関係で僅かだが速度が変化する。
フロントシングルMTBで使われる30Tや32Tチェーンリングの場合はこの影響が明確に感じられ、脚にカクカク感が伝わってくる。
こういった点からも、大きいチェーンリングを積極的に選択すべきである。

駆動効率だけにとらわれてはいけない

セラミックスピードのレポートで、駆動効率の観点からは

  • チェーンのたすき掛け、具体的にはアウター×ロー側3枚、インナー×トップ側5枚を避けることが望ましいこと
  • 大きなチェーンリングとスプロケットを使うべきであること

が示された。

ただ、実際はフロント変速自体がタイムロスになるし、チェーン落ちのリスクも少ないながらある。
状況に応じて、例えば短い急坂であればフロントは変速せず、アウターローで乗り切るのがベターだろう。

また、アウターギヤを大きくし、トップから4~6枚目のスプロケットを常用することで駆動効率は良くなるが、
上りでロー側のギヤが足りなくなっては本末転倒だし、重量増にもなる。
平地TTならともかく、起伏のある道を走るロードバイクなら、上りにも下りにも対応できる広いギヤレンジを確保したほうが走りやすい。

結局、僅かな駆動効率を追求するよりも、他に優先すべきことはたくさんあるというわけ。
駆動効率向上は速く走るための手段のひとつ。目的を履き違えてはいけない

ただ、どのギヤを選ぶにしてもチェーンの摩擦係数はダイレクトに影響してくる。
私が以前行ったテストでは、チェーンオイルが切れた場合、オイルを差したチェーンと比較して最大5W程度のロスが生まれた。

チェーンはこまめに掃除し、きちんと注油したほうが良さそうだ…

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