ロードバイクといえば細いタイヤに高圧を入れるイメージだが、昨今はタイヤやリムのワイド化が進みエアボリュームが増した結果、以前では考えられないほどの低圧で運用するようになってきた。
「ロードタイヤは7気圧」は昔の話。リム幅やタイヤ幅に合わせた、最適な空気圧設定方法を紹介する。
タイヤの空気圧と転がり抵抗
バイクからホイールを外し、30cmほどの高さから地面に落とすと跳ね返ってくるが、決して落とした高さまでは戻ってこない。
これは、接地面付近のタイヤと地面が潰れ、もとに戻る過程で損失(ヒステリシスロス)が発生するからだ。
(やや厳密ではないが)同様の現象は走行中の自転車でも起こっている。タイヤと路面は接地面付近で変形と復元を繰り返し、運動エネルギーの一部が主に熱として散逸している。これが「転がり抵抗」だ。
転がり抵抗は荷重に比例するため、転がり抵抗を比較する際は、「転がり抵抗係数 Crr [10E-3]」を用いる。
[転がり抵抗 F]=[転がり抵抗係数 Crr] * [荷重 W]
さて、転がり抵抗係数は、タイヤと路面の状態によって変化する。
しばらく整備していなかったママチャリのタイヤに空気を入れると、見違えるようによく走るようになった、という経験をした人は多いと思う。
これは、空気圧が上がりタイヤの変形量が減った結果、エネルギーの損失が減った、すなわち転がり抵抗が軽減されたからだ。
ポンプメーカー SILCAの資料で、金属ドラム上で行った試験結果と計算で求めた理論値がよく一致していることからもわかるように、硬い路面を走る場合、転がり抵抗はタイヤのゴムやケーシングといった構造部材の変形に伴う損失によってほぼ決定される。
転がり抵抗係数はゴムの材質やケーシングの構造によっても変化するが、基本的にはタイヤと路面が硬く変形しないほど転がり抵抗係数は小さくなる。極端な例として、鉄製の車輪が鉄製レールの上を転がる鉄道は、自転車タイヤの5~10分の1という極めて小さい転がり抵抗係数を持つ。
じゃあタイヤがバーストする限界まで空気圧を上げれば良いかというと、そんなことはない。
以下のグラフは、実走での試験結果を追加したもの。115PSI(7.9bar)付近までは理論値と一致しているが、それ以上の空気圧では転がり抵抗係数が急激に増大している。
これは、路面の凹凸にタイヤが追従しきれず、跳ねてしまっているため。
グラフより、この条件においては、115PSIに設定するのが最もよく「転がる」ことがわかる。
最適空気圧は路面の状況によっても異なる。トラック競技が行われるバンクは平滑なので、タイヤ空気圧を10bar以上にしても跳ねないが、同じ空気圧で公道を走ると凸凹でタイヤが跳ね、エネルギーを無駄遣いすることになる。
タイヤ幅・リム幅の多様化が空気圧設定を難しくする
さて、ロードバイクのタイヤ幅が23cで、リム幅も13~15cだった時代は、7気圧前後入れておけば概ね正解だったが、2023年現在のタイヤ幅はロードレースでも25cから。28cも当たり前になってきた現在は、適正空気圧についての認識もアップデートする必要がある。
タイヤとリムのワイド化についてはこちらの記事に詳しい。
ワイドタイヤの適正空気圧
ワイドタイヤのメリットとして、一般に以下のようなことが謳われている。
- 転がり抵抗が減少すること
- 衝撃吸収性が高まること
- グリップが向上すること
空気圧が同じなら、タイヤ幅が変わっても接地面積は殆ど変わらない。しかしワイドタイヤのほうが接地面形状が前後に短くなり、タイヤ変形量が減って転がり抵抗が減る。
…のだけど、これは半分正解で半分間違いだと考えている。
試しに28cタイヤに7気圧入れてみるとすぐにわかるが、突き上げが激しくて乗れたものじゃない。
28cには28cの適正空気圧があり、それは23cや25cの最適値よりずっと低い。
衝撃吸収性やグリップの良さといったメリットを享受するには、跳ねない適正空気圧にセッティングされていなければならない。
(なお、適正空気圧同士でも、太いタイヤのほうが転がり抵抗は低いようだ)
リム幅にも影響される
リム剛性やエアボリューム増大のため、ホイールのリム幅もどんどん広くなっている。
リム内幅が広くなるとエアボリュームが増すため、太いタイヤを履くのと同じ効果がある。
ダイアテックから拝借した下の図を見ると、リム内にも空気の入るスペースがあることがわかると思う。
また、チューブレスタイヤはチューブの厚み分エアボリュームが増大するし、フックレスリムの場合はさらに顕著になる。
SRAMのタイヤ空気圧ガイドで最適空気圧を算出
タイヤ幅が23cでリム幅が13~15cだった時代は、体重と乗り方で空気圧が決まったが、現代のホイール・タイヤシステムは「だいたい7気圧」というわけにはいかない。
タイヤ幅とリム内幅だけでなく、クリンチャーかチューブレスか、リムはフックレスかどうか、など、空気圧を決める要素が多すぎる。
適正空気圧について一言で伝えるならば「バイクが跳ねない空気圧」なのだが、空気圧の目安が欲しい。
タイヤ空気圧設定にあたって、個人的に愛用しているのがSRAMのタイヤ空気圧ガイド。
体重やバイク重量、タイヤ幅、リム幅などを入力していくと、適正空気圧を算出してくれる。
クリンチャー・チューブラー・チューブレス(フックド/フックレス)の選択も可能。
実際はタイヤの銘柄や乗車スキル・スタイルに応じてここから微調整していくことになるが、空気圧のひとつの基準にはなると思う。
クリンチャーの場合、タイヤ幅とリム幅によって、適正空気圧は以下のように変化する。(体重68kg バイク8kg)
ここから微調整して、アジリストの25cを内幅15mmリム(レーシング1)に履かせた時は6.5bar、同じタイヤを内幅19mmリム(キシリウムカーボン)に履かせると5.8barがベストなフィーリングとなった。
個人的な「適正空気圧」についての考え
シクロクロスでの超低圧運用
私が毎年レースに取り組んでいるシクロクロスでは、タイヤセッティングが成績を大きく左右する。
33mm幅のタイヤを使い切るため、2bar以下に設定し、コース状況にあわせて0.1bar刻みで調整する。
ロードバイクでは考えられないような低圧にする理由は、ひとえに「跳ねる」から。
シクロクロスが行われるオフロードは、平らに見えても細かな凸凹があり、空気圧が高いと弾かれて進まないばかりか体力を消耗する。
そこで、タイヤがヨレたりパンクしないギリギリのラインまで空気圧を下げ、バイクの上下動を抑える。
バイクコントロールに優れた選手はタイヤにストレスを与えず走れるため、より空気圧を下げられ、結果として体力を温存できる。
ロードバイクの場合はシクロクロスより遥かに平滑な路面を走るが、それでもタイヤを跳ねるほど高圧にするメリットは何ひとつ無い。
転がり抵抗の微々たる差よりも、振動・衝撃の蓄積による肉体疲労のほうがパフォーマンスに影響すると考えているので、特にロングライドでは低めの空気圧のほうが望ましいというのが持論。
「サグ」をとる感覚
タイヤ空気圧設定ではサスペンションフォークの「サグ」を意識している。
「サグ」とは、乗車時のサスペンションの沈み込み量のこと。
ライダーの好みや路面コンディションによって上下するが、通常は15~20%。例えば100mmストロークのサスペンションの場合、乗車時に15~20mm沈み込むようにセッティングする。
なお、現在主流のエアサスペンションは空気圧でサスの硬さを簡単に調整できる。
右:ライダーが乗車してサスペンションが沈んだ状態
100mmストロークのサスで20%のサグをとっている場合、縮み側に80mm、伸び側に20mmのストロークがある。
衝撃を吸収する縮み側ストロークの重要性は誰もがイメージできるはずだが、サスペンションのキモはむしろ伸び側ストローク。
路面が窪んでいたり、コーナリング中にタイヤが滑ったとき、サスペンションが伸びることでタイヤを路面に接地させ続けてくれる。
適正な空気圧設定は、この「サグ」を取る作業と同じだと思っている。
空気圧が高すぎると衝撃を吸収せず跳ねてしまうし、逆に低すぎるとエネルギーのロスが多いうえ、大きな衝撃でボトムアウト(底づき)、つまりリム打ちしてしまう。跳ねず、リム打ちしない空気圧が適正範囲。この範囲内で、転がり重視なら高め、快適性重視なら低めにするのが良い。
ところが、路面の凹凸が激しくなるにつれ、タイヤは跳ねやすく、同時にリム打ちしやすくなってしまう。適正空気圧範囲はどんどん狭くなっていき、ついには、跳ねるうえリム打ちもするようになってしまう。路面状況に対して、タイヤのキャパシティが足りていない状態だ。
先程挙げたシクロクロスのタイヤは、この領域で使っている。リム打ちする場所は乗車技術でカバーしてパンクを防ぐ。土の路面が柔らかいのをいいことに、半ばリムで走る場合もある。
ロードの場合は、跳ねるのを我慢して、あるいはスピードを落として走ることになる。舗装がひび割れた山奥の林道道路など、こういうシチュエーションはたまにある。
では、荒れた路面を快適かつノートラブルで走るにはどうすればよいか?
…タイヤのキャパシティを増やせばいいのだ。ワイドでエアボリュームに優れたタイヤは、ストロークが長いサスペンションに相当する。つまり、より大きな凸凹、大きな衝撃を受け止めることができる。
グラベルロードやマウンテンバイクが太いタイヤを履くのはこういう理由からだ。
費用のかからないセッティング
自分好みのポジションやセッティングを出していくのはロードバイクの醍醐味。その中でもタイヤの空気圧設定は効果が大きい上、全く費用がかからない。
バイクが路面と接するのは2本のタイヤの僅かな面積だけ。そして、高性能なタイヤを履いていても空気圧が合っていなければ宝の持ち腐れだ。タイヤやリムの選択肢が多くなった今は少し面倒かもしれないが、気持ちよく走れるベストな空気圧を探すのも、自転車という趣味の、ひとつの楽しみになるのではないだろうか。
そうそう、空気圧設定には、信頼のおけるエアゲージを。